マイコン事始め (1)
現代は、ありとあらゆる電子機器が存在しています。そして、そのひとつひとつがとても複雑な作りになっています。電子機器ができた当初は、ひとつの製品のできることも限られていたので、電源スイッチを入れるだけのような製品も多々ありました。ものによっては、電源スイッチもなく、コンセントに差し込むだけというのもあったぐらいです。しかし、現在では、フロントパネルに、スイッチがずらっと並んでいるものもあれば、ごちゃごちゃのスイッチをなくすために、リモコンがなくては、動作しないものまで、まさに複雑怪奇。もう、取扱説明書を読まなくては、電源を入れることもできない製品まで、よく見かけます。

オーディオ機器に目を移してみますと、昔のプリアンプやパワーアンプの電源スイッチは、まさに読んで字のごとく、電源を入れるためのスイッチでありました。回路で説明しますと、AC100Vを電源トランスなどに接続するためのスイッチだったのです。また、セレクターやボリュームを持った機器は、非常にメカニカルな動作をさせており、その動作は、直接、信号ラインを切り替えたり、アッテネートしたりしていました。このように、機能に直結した部品であったため、ほかの機能と兼用することは、もちろん不可能ですよね。しかし、現代のオーディオ機器をみてみますと、電源スイッチは、もうすでに、電源スイッチではなく、ただの押しボタンスイッチひとつに過ぎません。というより、電源スイッチを押す前から、すでに機器には、電源が入った状態です。親切な機器には、裏パネルに、AC電源供給用のスイッチ(これがほんとの電源スイッチ)が備わっているものもありますが、大半は、電源コードをコンセントに刺せば、すぐ動き出します。そして、セレクターやボリュームなどの押しボタンスイッチも、実際に回路には直結されていなくて、オーディオ機器の頭脳の部分で、常に監視されており、そこで、操作を認識すると、それに見合った動作へと命令が下されているのです。なので、ともすると、電源スイッチは、今の位置のスイッチではなく、隣のスイッチでも置き換えることが十分可能です。さらには、ひとつのスイッチにも、複数の機能が割り当てられていることだって可能になるのです。

さて、昔のオーディオ機器と今のオーディオ機器、何が変わったのでしょうか? 正直、音質面でよくなったと答える人は少ないかもしれませんね。残念なことに。それでは、何が変わったのか? 先ほどの話から、どうやら、頭脳の部分が追加されたのではないかと想像できますね。そのとおりです。オーディオ機器に限らず、現代の全てといっていいほどの電子機器には、“マイコン”と呼ばれる、人間でいえば、頭脳に当たる半導体デバイスが搭載されています。そして、その“マイコン”が、人と機器や、機器と機器、細かくいうと、半導体デバイスと半導体デバイスとの間を取り持って、仕事が円滑に進むようにコントロールしているのです。そのおかげで、私たちは、複雑になった電子機器を、そう迷うことなく(といっても、最初は迷いっぱなしですが)取り扱うことができているのです。
“マイコン”という言葉が登場してまいりました。みなさんは、マイコンについて、どれくらいご存知でしょうか。もちろん、マイコン設計をしてるよ、という方なら、いまさらという感じもしているでしょうが、オーディオが趣味のお客様とお話をさせてもらっている中で、アナログ回路が得意で、最近デジタル回路をマスタしたというお客様でも、ソフトウェアになると、二の足を踏んでいるという方が多いように思えます。今回は、そういうお客様向けと申しましょうか、マイコンをいちから紐解いてみて、マイコンとはどんなものなのか? マイコンのお仕事は? など、マイコンの理解を深めていき、最後には、簡単なプログラムを動作させて、マイコンのソフトウェア設計もかじってみようと思っております。最初のうちは、オーディオの世界とは、少々離れるかもしれませんが、最終的に、デジタルオーディオICなどののコントロールを行い、そのパラメータの違いによる音質の差異を確認するまでいければいいなと思っています。
さて、さっそく始めてまいりましょう。先ほどから“マイコン”という言葉が出てきていますが、そもそも、マイコンとはいったい何なのでしょうか? あまり聞き覚えのない人には、なにかとても古臭いイメージがあるのではないでしょうか? それもそのはずです。1979年9月に、NECがPC−8001を発売しました。

このPCとは、「パーソナルコンピュータ」を意味し、そこから、パソコンという名称がつきましたが、それ以前では、電卓から始まった、マイクロプロセッサによる、マイクロコンピュータが存在しており、個人ユース向けに開発された、「マイ コンピュータ(My Computer)」の名称をとって、マイコンと呼ばれた時代がありました。これを記憶されている方々には、やけに古い言い回しだと思われても不思議ではありませんね。それでは、パソコンとマイコン、どこが違うのでしょうか? もちろん見た目も全然違いますね。パソコンとは、据え置きタイプのデスクトップパソコンや、ノートパソコン、ラップトップって言ってたときもありましたね。マイコンといえば、見た目は、ICやLSIといった集積回路で、黒い四角のパッケージに足がはえたやつです。しかし、突き止めていきますと、実は、ルーツは同じであることがわかります。そのためには、パソコンの歴史について紐解いく必要がありますね。
パソコンの歴史は、まず、チップセットというマイクロプロセッサの開発から始まります。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、世界初のマイクロプロセッサは、日本の電卓メーカ、ビジコン社が、当時できたての半導体メーカ、インテル社に設計を依頼したときに作られました。ビジコン社の社員だった、嶋正利さんがインテルに赴いて、4004というマイクロプロセッサを完成させました。

4004 datasheet:
http://datasheets.chipdb.org/Intel/MCS-4/datashts/intel-4004.pdf
当時の電卓といえば、今ほど小型化が進んでいなく、コストも高かったので、業務用して開発されていました。要求される仕様も、日進月歩で、次から次へと仕様が書き換わったらしく、その都度、ハードウェアの設計をやり直していたら、時間もコストもべらぼうにかかってしまうことから、「なんとか、汎用性のあるマイクロプロセッサはできないものか。」と、考え出されたものだそうです。その結果、仕事を4つのブロックに分けて、各々に仕事を割り振ることで、汎用性の高い処理ができるように、考え出されました。さらには、後からプログラムを書き込んで専用設計するという、ハードウェアとソフトウェアという考え方が始まったのも、ここからでしょう。4004というチップは、まさに人間で言えば頭脳にあたるところで、計算を行うチップですが、その周辺チップに、プログラムを収めるROMである4001、計算結果を格納するRAMである4002、そして、入出力を制御する4003の合計4つからなり、総称して、チップセットと呼ばれました。それに対して、現在のマイコンは、全ての機能がワンパッケージになっていることが多いので、“ワンチップマイコン”とも呼ばれています。
4004は、4ビットプロセッサでしたが、その後、時代は、8ビットマイクロプロセッサへと移行してまいります。1972年に、インテルは、8008という8ビットマイクロプロセッサを完成させます。さらに、インテルは改良を重ねて、1974年4月に、8080が発表され、ここから一気に、ホビー向けのマイクロコンピュータや、マイコンボードキットに、広まってまいります。

そして、同年には、米国モトローラ社が、8ビットマイクロプロセッサMC6800を発表いたします。現在でも騒がせている、インテルプラットホームとモトローラプラットホームは、ここから始まったのです。
コンピュータが広まってまいりますと、それを動かすソフトウェアが必要となってまいります。当初は、そのままチップセットが理解できる機械語と呼ばれたアセンブラ言語によって、動作していましたが、効率よく動作させるために、そして、人間にもわかりやすくするために、今で言う基本OSというものが考え出されました。まずは、8080で動作するBASICという言語が開発されます。翌年の1975年5月には、マイクロソフトが創業しています。
その後、日本では、NECから発売された、あの有名な、TK−80が1976年8月に発売されました。

CPUには、インテル8080からライセンスを受けた、μPD8080ADが載っています。秋葉原通の方なら、一世を風靡しましたので、ご存知のことと思います。そのころになると、ホビー向けのマイコンキットが多く販売されます。TK−80のように、機械語を書き込むタイプのものから、記憶ボタンを備えたものまで、まさに大人から子供まで楽しむことができる、マイコン全盛期です。しかし、まだまだ一部のマニア層だけで楽しまれているに過ぎない状態で、世間での認知度は低かったのも事実です。
子供のころの私も、そのマニア層の端くれにいたのですが、忘れもしません、中学生の頃。夏休みの工作の宿題に、マイコンを使った工作を作って発表いたしました。今となっては、どんなマイコンだったかはよく覚えていませんが、マイコンの出力端子に、モータや電磁石を取り付け、ロボットアームを自作しました。多分、雑誌の受け売りだとは思いますが、なかなかの完成度に気分をよくして、クラスでの発表会に望んだのですが、発表後、当時理科の先生だった三井先生に、「出来栄えのおもちゃを作って持ってくるとはいい度胸だ。通知表を楽しみにしていなさい。」と言われたことを今でも覚えています。まだまだ、マイコンとハードウェア、そしてソフトウェアというものが理解される時代ではなかったということでしょうか。30年経った今でも、同じような事を生業にしている私ですが、ときどき、出来栄えを買ってきているだけかなあと思うことがあります。少々、トラウマですかね。
その後、ザイログ社が8080と互換性のあるZ80を発売。高速で使いやすい8ビットCPUの定番となりました。そして、NECは、Z80互換のμPD780C−1を開発し、1979年9月に、あの有名なPC−8001を発売いたしました。パソコン時代幕開けです。
とまあ、ざっとではありますが、パソコンの歴史をみてきましたが、現在のマイコンはというと、実はしっかりと今まで紹介したマイクロプロセッサの歴史を継承しているのです。

コンピュータの設計図である、コンピュータアーキテクチャを継承しており、日本ではホビー用として人気のある、Microchip製PICマイコンは、インテルのペンティアム以降採用しているハーバード型アーキテクチャを採用していますし、今後紹介してまいります、Freescale社の8ビットマイコンは、6800以降、全てのモトローラに共有するノイマン型アーキテクチャを採用しています。Freescale社の場合は、そもそも、モトローラから分離したので、それもそのはずですね。

現在のマイコンは、それひとつで動作させるというより、ある製品に組み込まれて、その製品専用に設計されることが多いので、“組み込みマイコン”とも称されています。今では、組み込みシステム技術者(エンベデッド技術者)という肩書きもあり、公的な技術認定試験も存在する、立派な業務のひとつでもあります。
さらに、現在のマイコンは進化を続け、組み込みマイコン用のOSも開発され、パソコンで設計されたものが、そのままマイコンにも組み込めるようになってきました。こうなってくると、もうパソコンと変わりませんね。さらに、マイコンは、SoC(System on a Chip)と言って、システムに必要な回路を全て、ワンチップに押し込むことで、小型化やコストダウン、配線などの省略にもつながる試みを行ってきています。特にデジタル回路が取り込みやすく、映像回路や音声回路をチップ内に持ち、大規模なLSIひとつで、何でもできるチップへと変貌しています。こうなってきますと、ある機器に特化したシステムが実現できるので、汎用性の高いパソコンより、高速で、無駄のない、小型で価格の安い専用製品ができるわけです。
ざっと、パソコンの歴史からマイコンとの違いを見てまいりました。なつかしいなあって思われた方もいらっしゃったことでしょう。今回は、ちょうどきりがいいので、この辺で終わりにしまして、次回は、具体的に、組み込みシステムとはどんなものなのか? 紐解いてみようと思います。ご期待ください。
参考文献:
僕らのパソコン30年史 ニッポン パソコンクロニクル
